各都道府県沖縄戦関係慰霊塔エリア/霊域参道
のじぎくの塔(兵庫県)
所在地 | 糸満市摩文仁 |
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建立年月日 | 昭和39年6月13日(平成8年3月改修) |
敷地面積 | 1,560㎡ |
合祀者数 | 3,073柱(沖縄戦戦没者) |
管理団体 | (一財)兵庫県遺族会 |
塔の由来
一般的な塔のイメージとは趣を異にし、塔基壇の中央にある主碑の「みたま石」(球状)は戦没者を、それをはさむ2枚の石板「合掌石」は、それぞれ遺族と県民の温かい手を象徴するとともに、後背の壁は自然の厳しさから「みたま石」を永遠に守り続けることを意味している。背後壁には戦没者3073人の氏名が刻み込まれている。
《建立の経過》
兵庫県出身の戦没者3073柱の御霊を慰霊するため、昭和38年12月7日「兵庫県戦没者沖縄慰霊塔建立委員会」が設立され、広く県民から浄財を得て、昭和39年6月13日に沖縄戦最終の地、摩文仁の丘に慰霊塔を建立した。塔名も公募によって「のじぎくの塔」と命名された。
※「のじぎく」は兵庫県花として指定されている。
弔歌の作者
のじぎくの塔左前にある弔歌の「しろじろと しおじはろかに……」の作者は、坂井時忠氏である。坂井氏は昭和45年から昭和61年まで、4期16年にわたり兵庫県知事を務めた。