施設紹介

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沖縄県平和祈念資料館

 悲惨な沖縄戦の実相及び教訓を後世に正しく継承するとともに、平和創造のための学習、研究及び教育の拠点施設として活用されています。

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沖縄平和祈念堂

 第二次世界大戦で最後の激戦地となった沖縄は、軍民合わせて約24万人余もの尊い人命を失いました。
 この悲惨な戦争を二度と繰り返さぬよう世界の人種や国家、思想や宗教のすべてを超越した“世界平和のメッカ”として昭和53年10月1日、この平和祈念堂は開堂しました。
 堂内に安置されている高さ12mの平和祈念像は沖縄の人々あるいは全人類の平和のシンボルであります。

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平和の礎(平和の火)

 1995年に除幕した「平和の礎」には、国籍や軍人、民間人を問わず、沖縄戦における全戦没わず、沖縄戦における全戦没者24万人余の氏名が刻まれており、戦争で肉親を失った遺族や平和学習の団体等、多くの人々が訪れます。 また、「平和の礎」内にある広場の中央には「平和の火」が灯されています。
 この「平和の火」は、沖縄戦最初の米軍の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し、1991年から灯し続けた火を1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものです。

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国立沖縄戦没者墓苑

 沖縄県内の戦没者の遺骨は、戦後、生活の復興と同時に、住民の手によって収骨され、各地に納骨所、慰霊塔が建立されました。その後、日本政府が委託建設した中央納骨所へ整理統合されましたが、昭和54年、これらの戦没者を永く追悼するため、摩文仁の丘に新たに造られた国立沖縄戦没者墓苑に遺骨が移されました。
 納骨堂には約18万余柱の遺骨が納められ、参拝者が絶えません。

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各県沖縄戦関係慰霊塔エリア / 霊域参道

 参道沿いには32府県の慰霊碑があり、毎年慰霊団が訪れています。また、沖縄守備隊第32軍司令官牛島中将が自決した壕もあります。

園路広場

「太陽と海のジョガー」の祭典那覇マラソン・平和祈念公園コースの中間地点となっており、参加者の思い出の公園として親しまれています。

多目的広場

 多目的広場は、休日にはグランドゴルフやバドミントン、ピクニックなど県民の安らぎの場として利用されています。