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鎮魂長崎の碑(長崎県)  クリックで敷地内の写真が表示されます

42鎮魂長崎の碑(長崎県)01
1 所 在 地   沖縄県糸満市字摩文仁
2 建立年月日   昭和41年9月吉日
3 敷地面積   693 �
4 合祀者数   35,000柱
5 管理団体   長崎県戦没者慰霊奉賛会

6 建立の経緯
  太平洋戦争において、沖縄をはじめ南方諸地域で戦没された3万5千余柱の「みたま」を祭るため、昭和40年10月15日長崎県戦没者沖縄慰霊塔建設委員会が結成され、ここゆかりの地摩文仁ヶ丘を選び、御遺族から寄せられた霊石を礎とし、慰霊碑は郷土の名石蛇紋石をもって建立された。
  慰霊塔は、本道から約40m奥のアワ石コンクリートを敷きつめた一段高まったところに配置され、参道はガジュマルやソテツなど現地の樹花でおおわれ、碑は現地産の礎石のうえに幅2.6m、厚さ1.2m、重さ6トンの蛇紋石をおき、碑の下には3万5千余柱の霊石を埋め、蛇紋石は本土の方向にやや斜め上向きの角度をもたせ、故郷への思慕の上を表現した。
 
7 碑文石の追悼のことば
すぎし日の大戦により、中国大陸および沖縄以南の各戦線において、長崎県出身3万5千余名の方々がゆたかな春秋を残して散華された。祖国日本の繁栄を念じつつ困難に殉ぜられた崇高な愛国のまことを思うとき、敬慕の情おさえ難いものがある。170万県民は子々孫々に至まで、あげて崇敬の慰霊のまことを捧げ、ご遺徳を偲ぶよすがとすべく、大戦最後の激戦地、ここゆかりの地を選び、ご遺族から寄せられた霊石を礎とし、郷土の名石をもって碑を建立する。
42鎮魂長崎の碑(長崎県)02
英霊のことしえに安らかならんことを祈る
1965年10月15日決定
1966年9月吉日建立
長崎県戦没者沖縄慰霊塔建設期成会
名誉会長  長崎県知事     佐藤勝也
会  長  長崎県議会議長   小柳二雄


 
8 長崎県沖縄戦没者追悼式
  平成17年11月10日(木)
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9 鯉のぼり掲揚
42鎮魂長崎の碑(長崎県)08 こどもの日慰霊塔・碑鯉のぼり掲揚事業
 
平成17年5月1日、全都道府県の慰霊塔・碑に鯉のぼりを掲揚しました(11日まで)。
これは、戦没者がふるさとの父や母、子供たちのことを案じながら亡くなられたのではないかと、戦没者の慰霊と子供たちの健康を願って、各都道府県や遺族会の全面的協力のもと、送っていただいた鯉のぼりを沖縄県在住各都道府県出身者と地域の子供たちが力を合わせて掲揚したものです。。
 
10 その他情報
42鎮魂長崎の碑(長崎県)09 参  拝
 
◎千羽鶴奉納
修学旅行生の皆さんが、平和を願い千羽鶴を供えてくれました。
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