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防長英霊の塔(山口県) クリックで敷地内の写真が表示されます

35防長英霊の塔(山口県)01
1 所 在 地   沖縄県糸満市字摩文仁
2 建立年月日   昭和41年11月6日
3 敷地面積   628 平方メートル 
4 合祀者数   24,447柱 (沖縄戦戦没者 1,043柱、南方諸地域戦没者 23,404柱)
5 管理団体   山口県南方地域戦没者慰霊奉賛会

6 慰霊塔・碑のデザインの由来等
  さきの大戦は、わが国が史上かつて類をみない悲惨な戦でありました。沖縄をはじめ南方諸地域においては、猛暑の中言語に絶する悪戦苦闘が展開されたのであります。
  特に沖縄は本土防衛の第一線となり、昭和20年3月25日以降80余日にわたり凄惨苛烈な戦が続けられ、その結果沖縄の大半は焦土と化し、軍人軍属をはじめ一般住民の方々22万名(本県出身者1,043名)が尊い犠牲となられたのであります。
  また、南方諸地域においては、本土から補給が途絶え弾薬も尽き悪疫と闘いながら勇戦奮闘されたのでありますが、遂に23,404名の本県出身者が護国のために散華されたのであります。
  この防長英霊の塔は、昭和41年11月6日本県出身沖縄戦没者の慰霊顕彰のため、最後の激戦地ここ糸満市摩文仁の丘に建立されたものでありますが、昭和51年塔建立10周年に当たり、最南端に位置するこの塔に南方諸地域で戦没された方々を合祀し、24,447柱の御霊がお祀りしてあります。
  塔の建立されております摩文仁の丘は、牛島司令官以下将兵最後の地となったゆかりの地であり、太平洋の白波寄せる紺碧の海に切り立った珊瑚礁の台地で、現在この地には本県はじめ全国都道府県戦没者の慰霊の塔が建立され、沖縄における聖地となっております。   
  この塔は県民あげての物心両面にわたる心暖いご協力と浄財をもって建立されたものでありまして、塔内には、妻や子や父母の心が託された愛情あふれる郷土の霊石・遺品が納められ、このような神聖な県民の愛情を生かした塔の構造形式の基調は、日本古来の千木(ちぎ)、勝(かつ)男木(おぎ)のイメージを残し、さらには奈良朝時代の校倉(あぜくら)造りの手法を併せ聖なる御霊のよりどころとしたものであり、優雅にして格調高い建立形式と相まって、県民ひとしく心の象徴としてふさわしい塔であります。
 
7 「防長英霊の塔」慰霊祭
  平成17年11月6日(木)
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8 鯉のぼり掲揚
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こどもの日慰霊塔・碑鯉のぼり掲揚事業
平成17年5月1日、全都道府県の慰霊塔・碑に鯉のぼりを掲揚しました(11日まで)。
これは、戦没者がふるさとの父や母、子供たちのことを案じながら亡くなられたのではないかと、戦没者の慰霊と子供たちの健康を願って、各都道府県や遺族会の全面的協力のもと、送っていただいた鯉のぼりを沖縄県在住各都道府県出身者と地域の子供たちが力を合わせて掲揚したものです。



 
9 その他情報
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参  拝
◎千羽鶴奉納
佐渡中学校・三年生の皆さんが千羽鶴を供えてくれました。


 
10 敷地内の花や木
  敷地内で綺麗に咲いていました。
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