トップ > 慰霊塔・碑等 > 2 各都道府県慰霊塔・碑一覧 > 2.愛國知祖之塔 (愛知県)

愛國知祖之塔(愛知県)

位置マップ(クリックするとマップが表示されます)

慰霊塔2

1 所 在 地    沖縄県糸満市摩文仁
2 建立年月日    昭和40年11月15日(平成6年11月17日浦添城跡から移設、新塔建立)
3 敷地面積    1,052平方メートル
4 合祀者数    約 51,000柱(沖縄戦及び南方地域戦没者うち沖縄戦戦没者2,974柱)
5 管理団体    愛知県      

6 概要

    愛国知祖之塔は、本県出身の沖縄戦及び南方地域戦没者 約51,000人 (うち沖縄2,974人)を追悼し平和
    を祈念する施設です。
    当初、愛国知祖之塔は、世界戦史に比類のない激戦が展開された沖縄県浦添市の浦添城跡に、愛知県
    沖縄戦遺族会、愛知県沖縄会(昭和53年より愛知県沖縄戦戦友会に名称変更。現在名称、愛国知祖之塔護持会。)
    等により、昭和37年に建立されました。
    愛知県は、昭和40年に、この塔を譲り受け、浦添城跡内の隣接地に移し、塔周辺の環境整備を行いました。
    その後、平成元年8月に、浦添城跡が国の史跡指定を受け発掘調査が行われることになったため、塔を移設
    することになり、平成6年11月に沖縄県糸満市平和祈念公園内(敷地は沖縄県から無償貸与)に旧愛国知祖
    之塔を移設するとともに、新しい愛国知祖之塔を建立しました。
    現在では、毎年、県主催の追悼式を実施しているほか、修学旅行生を始め、県内外からの多くの訪問者があ
    り、戦没者への追悼の意、さらに平和への祈念を新たにする施設としてその役割を果たしております。

   慰霊塔4
7 「愛国知祖之塔」の命名と碑文
  昭和36年に、愛知県沖縄会等が、当時の桑原幹根愛知県知事に依頼、塔の名称は「愛国知祖之塔」と
  命名され、自筆を得ました。
 <旧愛国知祖之塔 碑文より抜粋>
  (―前略―)この祖ありて今日のわれ等あり この祖に報ゆるは 母國をしていよいよ平和に 益ヽ
  繁榮せしむるにあるとの念切なるものがある 
  県民の總意を血涙をもって書す
   英魂 願くは来りうけ とこしなえに 神鎮まりませ
             昭和四十年八月十五日 愛知県知事 桑原幹根
  (意訳)
    この祖先がいて、はじめて今日の我々が存在するのである。
    この祖先に報いるためには、わが国をますます平和にし、ますます繁栄させることであるとの切な
    る思いがある。
    全県民の思いをこの上ない悲しみの涙を流しながら書き記す。
    英霊の魂よ、願わくばこの地においでくださり、永遠に、安らかにおやすみください。
 <愛国知祖之塔 碑文より抜粋>
   (―前略―)未来永劫に戦没者を追悼し平和を祈念するため、旧塔、碑文、灯ろう等を浦添城跡か
  ら移すとともに、旧塔から写しとった文字を愛知県産出の銘石に刻み、ここに新たに愛國知祖之塔を
  建立しました。 
           平成六年十一月十七日 愛知県知事 鈴木礼治
 旧愛国地租之塔および碑文2 愛國地租之塔3−3
     「旧愛国知祖之塔および碑文」                「愛国知祖之塔 碑文」
ezLog 編集