茨城の塔(茨城県) クリックで敷地内の写真が表示されます

08茨城の塔(茨城県)01
1 所 在 地   沖縄県糸満市字摩文仁
2 建立年月日   昭和39年11月20日
3 敷地面積   1,324 平方メートル 
4 合祀者数   38,000余柱 (沖縄戦戦没者 610柱、南方諸地域戦没者 約38,200柱)
5 管理団体   財団法人 茨城県遺族連合会

6 建立の経緯
 大東亜戦争中南諸地域において、戦没した本県出身者は3万8千余名に達しているが、本会では、これらの戦没英霊を慰める趣旨から、日本国土で唯一の戦場となり、かつ、日本最南端に位置する沖縄県糸満市の摩文仁の丘に敷地を購入し、遺族をはじめ200万県民がこれら戦没者の慰霊と平和への祈りをこめて、昭和39年11月22日ここに「茨城の塔」を建立した。
 
7 塔のデザインに関して
 この塔の敷地は、1,324平方メートルで庭園式になっており、塔は3.72平方メートル、高さ30.3センチメートルの台の上に、2.7平方メートル、高さ60.6センチメートルの塔石をのせ、さらに、その上に平和の象徴する直径1.3メートルの球が置かれている。塔は、すべて郷土産の稲田のみかげ石が使われ、台石・塔身・球ともすべて本磨きである。
 塔身の中はくりぬかれて、その中に45センチメートル立方の銅板製の二つの箱に、沖縄をはじめ南方諸地域で戦没された3万8千余柱の英霊の名簿や多くの遺品および遺族・県民から寄せられた香華料の名入れの封筒が密封されておさめられている。
 「茨城の塔」の文字は、岩上二郎知事(当時)が謹書された。
 
8 碑  文
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この塔は太平洋戦争において本土防衛の防波堤となって沖縄の戦をはじめ 遠く南方戦線に死闘を重ね異郷にその尊い生命を国家の栄光の前に捧げた 茨城県出身戦没者三万八千余柱の勇魂をこの地に招き 二百万県民が平和の祈りをこめて建立したものである諸霊の愛国の至情は仰いで範とすべく 耿々として後進を鼓舞することを信ずる
糞くは雄魂 永くこの霊地に鎮まり 国家永遠の隆昌と
遺族の繁栄に加護を垂れ給え

 
昭和39年11月       
財団法人 茨城県遺族連合会
理事長 遠 山   勇
 
9 茨城の塔慰霊祭
  平成17年11月20日(日)
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10 鯉のぼり掲揚
 こどもの日慰霊塔・碑鯉のぼり掲揚事業
平成17年5月1日、全都道府県の慰霊塔・碑に鯉のぼりを掲揚しました(11日まで)。
これは、戦没者がふるさとの父や母、子供たちのことを案じながら亡くなられたのではないかと、戦没者の慰霊と子供たちの健康を願って、各都道府県や遺族会の全面的協力のもと、送っていただいた鯉のぼりを沖縄県在住各都道府県出身者と地域の子供たちが力を合わせて掲揚したものです。
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